「一橋大学から始まった陸上競技の研究」・・・・・ 中村 英仁(2001年入学)

中村さん
1.近況報告
 こんにちは。現在、一橋大学大学院商学研究科で教員を務めております、中村英仁(ひでまさ)です。社会学部出身で、その頃は幅跳びと三段跳び、110mハードルを専門としていました。確か、大学四年の春ころに引退したことを記憶しています。その後、商学研究科修士→某電機メーカーで営業マン→商学研究科博士→商学研究科ジュニアフェローを経て現在に至りました。担当授業ですが、いわゆる一般教養科目では体育を教えたり、商学部科目ではスポーツビジネス論を教えたりしています。
 研究テーマは、実業団陸上部、特に長距離部の上手な運営手法についてです。たとえば小出監督が、リクルートで有森裕子選手や高橋尚子選手をどうやって指導してメダリストに育てたのかはよく知られている通りです。しかしたとえば、小出監督がどうやってチームをうまく運営していたのか、ということはあまり知られていません。チーム単独で生存できるわけはなく、特に昨今の経済不況の中では、企業組織の中に溶け込む必要性がますます高くなります。実際にチームがどのように運営されて、それにはどのようなコツがあるのかを調べるのには研究価値がありました。
 幅跳び出身の自分としては、長距離が主となり成長してきた実業団システムがとてもうらやましく映り、その内実を知りたいと思いました。もしかしてうまい運営手法が見つかれば、それを、幅跳びをはじめその他の種目に応用できるかもしれない。そういう期待を胸に、20以上のトップ実業団長距離部(男女)に取材をし、どうやってチームが経営されているのかをこれまで調べてきました。
 私の研究の特徴は、陸上競技というスポーツにビジネスという視点から切り込んでいることです。市場、組織、最適な資源配分等々・・・経営学や経済学でなじみある概念が分析の切り口です。いま振り返ってみると、自分の研究テーマにせよ分析の切り口にせよ、一橋の陸上部で過ごしたことが全てプラスに繋がっていると本当によく感じます。研究テーマに陸上競技を選んだこと、一橋大学の強みのひとつである経営学という学問体系に依拠したこと、これらはこの大学で陸上部入部を選択していたからこその結果だと感じます。

2.陸上部での思い出
 私は入学最初、一橋大学出身のオリンピック選手になる!という気概に満ちていました。小学生のころ、カール・ルイスがオリンピックで活躍するのをテレビで見て、オリンピックの舞台に立ちたいと感じて以来、そのことを夢見て競技に取り組んできました。実際に中学、高校とある程度の成績を残してきたこともあって、浪人をしてしまったけれどまだチャンスは残されていると信じていました。ところが、1年生の秋に膝の軟骨を座礁するという怪我をしてしまいました。思い描く練習ができず、悩む日々が続きました。そのとき周囲を見渡し、なぜか、みんなは自分とは違って陸上「だけ」をしている人ではない、という風に感じ始めていました(ずいぶん偏った見方ですが)。そうして春までには、この大学でオリンピックを目指すのが間違いだった、勉強しよう!という気持ちになっていました。
 仲間に恵まれたこともあり、陸上から全く離れてしまうのは嫌だったので、練習をしつつも、勉強のウエイトを高めていきました。当時、スポーツ社会学やスポーツ産業論を専攻する先生方が何人かいて(いまは7人)、一般教養、社会学部と商学部で授業が開講されていました。自分が競技者として失敗したのだから、競技を腹いっぱいやりたいという人を支えてあげられるような道を見出したい、そういう気持ちで授業を受けました。一方で対校戦にも出場し、部にも貢献しました。また、コンパの司会をたくさんやらせてもらって、楽しい経験ができました(おかげで部の同期の結婚式で余興を頼まれることが多くなりました)。
 20歳のときに競技志向を軌道修正し、新たな道を探し始めたのがこの陸上部です。競技で行き詰った際、陸上に楽しく取り組む姿勢や勉強の仕方を周囲から学びました。ゼミではスポーツ産業論のゼミに入り、大学院に進学しました。その後、一度社会人になってみたものの、何かやり残した感が消えず大学院に戻ることを決意しました。そして、最初はいまのような研究ができるとは全く想像していませんでしたが、商学研究科の先生方に「好きな研究やったらいいじゃない」と言われて、もう一度陸上競技の世界に戻ってくることができました。自分の研究人生という道程のスタート地点は、この一橋の陸上部にあったといえるでしょう。

3.一橋大学だからこそできる陸上競技との関わり方を探して
 大学教員の立場として、また陸上競技にかかわり続けるものとして、いま現役で頑張っているみなさんに最後にメッセージを送りたいと思います。一橋大学に進んでも陸上部に入部するくらいなので、ここには相当な陸上好きが集まっているのだと思います。競技で活躍するチャンスがあればそれをやれるところまでやって欲しい。一方、競技でそうしたチャンスに恵まれなかったとしても、陸上部で頑張ったことが将来何かにつながると信じて引き続き頑張って欲しい。
 そして、その中から卒業後何らかの形で陸上競技に関係する人が出てきて、試合会場などでばったり出会えたらいいなと思っています。いま陸上界には経営のわかる人材が不足しています(どこの業界もそういうところはあると思いますが)。たとえば、なかなかプロ化が進まないとか、不況の中で実業団陸上部の意義がなかなかうまく見出せず、そのことで強化にむけた投資が進まないとか、様々な問題が顕在化してきています。その多くでは、経営学や経済学、社会学、法学といった、みなさんが大学で学んでいることが役立つものばかりです。どうか、この大学で陸上に対する愛を深め、また幅広い知識を身に着けていただき、将来、皆さんの大好きな陸上競技にかかわり続ける人が育ってくることを期待しています。 

(写真)大学の研究室にて (2013年2月撮影)

(2月23日受信)