遠方の朋・近くの友

「コーチと呼ばれるランナーとして」・・・・・ 竹石 和人(2003年入学)


竹石さん 約2,3年前から競技、というよりはランニングの再開をしました。 出向していた会社でのランニングチーム(といっても今は存在意義が怪しいですが)があったこと、 学生当時に外部コーチとして関わっていただいたニッポンランナーズからの 指導補助のお誘いがあったことから自分が走り続ける上でのモチベーションが生まれました。 速さは違えど共に走れる喜びなしでは続けられず、仮にもコーチと呼ばれる存在であるが故の 自分に対する責任があってこそ、個人での練習を続けることができているのだと思います。 2010年秋より、会社の近い世代の方やその友人を中心にランニングチームを結成しました。 箱根駅伝経験者やトライアスロン挑戦者がいること、何よりも個々人の目標意識が高かったことから 週1での皇居のランニングから始まったにもかかわらず勢いは増すばかり。 休日練習計画やトラック練習まで行うようになりました。小規模大会の駅伝では入賞したりもしており、 学生時代に戻ったような感覚で平日の夜や休日を楽しんでいます。

大会は4月のかすみがうらマラソンで公式タイムでのサブスリーを達成しました。 20Km以上を一度の練習で走るということを何回か心がけた結果、30km過ぎまでペースを維持できました。 竹石さん 40km前後からはフラフラで、それまでの貯金を一気に使い果たしてしまったのですが、何とかゴールできました。 ゴール後に全身が吊るという情けない状態になってしまいましたので、 次回はゴール後であってもできるだけ多くの方の迷惑のかからないようにしたいと思っています。

ハーフまでは学生時代に培われたペースコントロールを活かせますが、 フルともなるとそうもいかず、ハーフの際よりも重要性を増す練習量の面で ニッポンランナーズの会員の方に頭が上がらないこともあります。 仕事後や夜ともなると夕食を優先してしまい、朝はもたもたして走れず、 という状態に陥りやすく、なかなか平日に多くの機会を設けることはできません。 先日の入賞で通勤ランニングバッグを入手しましたので帰宅ランができることを楽しみにしている状態です。

昨年度はトラックや富士登山競争などさまざまな競技にチャレンジしましたが、 忘れられないレースはつくばマラソンで10km長歩いた上での人生初リタイア、 第2回駅伝パーティでの5位入賞でしょうか。今までリタイアが無かったことは幸運かもしれませんし、 学生時代からすれば当然ではあるのですが、不完全燃焼感の一方で 身体の一部が限界に達していたことを大変悔しく感じました。 駅伝パーティは少人数のランニングチームが運営しているにもかかわらず、 円滑かつ駅伝を楽しくするような運営がされており、これからさらに大きくなってほしいなと願っています。

私がより高い目標を目指す大きな理由は、「コーチ」であり続けるためということに大きく依存します。 自身のトレーニングの他にも、時折書籍やTarzanを読み、 竹石さん 一般的に唱えられている指導論と我々の理論の違いを理解したりもしています。 最近では裸足、ベアフット論が、今まで私が考えていたものと異なる部分が多く、 どのように自分で理論統合していくか、認めるのかそれとも反対の立場をとるのかを考えさせられます。 少なくとも絶対的理論が無い以上、最終的にはコーチ個々人の意見になってしまいますので、 ときには私見であることや他のコーチ、他のメディアであたる指導者と異なる意見が発生しているかもしれません。 そうした意味で、会員さんを見ていく上での洞察力、目も養うといった、 自身の競技面以外にも向上させなければならないところがあると意識しています。

今後は富士登山競争の山頂コース、ウルトラマラソンにも挑戦する機会を見つけながら、 自己の実力向上と、「コーチ」としてのスキルアップを持続させていきたいと思います。

(7月2日受信)