>一橋陸上競技倶楽部

遠方の朋. 写真をクリックすると、拡大します。名前をクリックすればメールを送れます。

「微笑みの国・タイ王国から」・・・室井祐作(2004年卒)

室井さん
自己紹介をする前に自分が何年に卒業したかを思い出すのに少々時間を要しました。 卒業からまもなく8年の歳月を経たという時の経過の早さに驚きを隠せません。 陸上部在籍中は短距離を専門に活動していました。成績こそたいしたものは残せませんでしたが、 大学時代の競技生活に何の悔いを残すことなく卒業できたことを誇りに思っています。 今ではむしろ、あまりに一色だった陸上生活に、もう少し勉学と旅行が必要だったのではと、逆の感慨もしばしばです。
(写真@筆者)

タイという国について

現在私は、東南アジア屈指の大都市・タイのバンコクに住んでいます。 卒業後、入社したテレビ局でかねてから希望していた海外支局に2010年4月に異動になり、 報道カメラマンとしてバンコク特派員となりました。私が赴任した春におこったタイでの、 室井さん         タクシン元首相を支持する勢力ら(赤シャツ隊)の暴動は記憶に新しく、 政治的に不安定で少々危険なイメージをもたれている人もいるかとは思いますが、 実際のところは、タイは非常に平和で、人も大変温厚で親日的といえます。 物価も日本の3分の1、医療ツーリズムを国策として進めるほど医療レベルは高く、 日本食レストランは一説には1000を超えるともいいます。ここがタイだということを忘れてしまうほどです。 またタイにとって日本は、最大の貿易額と投資額をもち、日系企業も多く在留邦人数も3万人を超えるといわれ、 世界にフローしている邦人駐在員数の4位がここ、バンコクだそうです。     
(写真A去年4月のバンコク動乱)
日本の報道機関はすべてバンコクに拠点を持っていますが、タイでの取材ははっきりいってほとんどありません。 バンコクが他の東南アジアの諸国と比べ、格段に住みやすいことはもちろん、 世界最大級のハブ空港が完成したことで、海外へのアクセスが便利なことが支局を置いている理由といえます。 われわれのカバーエリアはイラン以東の西アジアから東南アジアを経、オセアニアまで広大な地域を日本人3名、 タイ人スタッフ3名でカバーします。駐在員とは名ばかりで、その実情はほとんど、タイには居ません。

ミャンマーの過熱する投資と日本のスタンス

日本の外に住み、海外諸国を仕事で転々としますと、有り難いことに普通の人では味わえないような場面にめぐり合うことが出来、 特別な感慨に浸ることもしばしばです。日本という国のプレゼンスに関して考えさせられることも多くなりました。
 ASEAN諸国の中で今後、目を見張る変化と発展を遂げていくであろう国の一つにミャンマーがあります。 ミャンマーは、昨年11月の総選挙後、一応の民政移管を果たし、今までほぼ鎖国状態でしたが、 室井さん 海外からの投資の拡充、海外メディアの受け入れ、軍政時代の政治犯釈放など、国際的なアピールに躍起になっています。 そんなミャンマーでも覇権主義的ともとれる大胆な投資を行っているのが中国です。 中国は現在、ベンガル湾をのぞむミャンマー西部の港、チャオピューの大規模開発を行っています。 チャオピューから雲南省の昆明にかけて直接ガスパイプラインを敷設することが目的で、 これが完成すると中国は南シナ海を通らずに直接インド洋から石油、天然ガス、その他の資源を自国に送ることができるようになります。
(写真B中国が投資開発を進めるミャンマー・チャオピュー)

ミャンマーとしても、自国産業の発展と労働力育成のため、 中国などの外国投資を喜んでいるのかと思えば、実態はそうではありません。 労働力でさえも現地の人材を使わず本国から呼び出し、未開発で自然豊かな土地を荒らしては、 地元に一銭も落とそうとしない彼らの伝統的な手法はすこぶる評判が悪いのが実情です。 ミャンマー企業社長や商工会議所頭取らがこぞって主張するのは、 「中国のような『二流』の国に来てもらっているようではミャンマーはだめ。日本のような『一流』の国にきてもらいたい」 室井さん というものです。元来、日本の途上国に対する投資方法は、ODAに代表されるように、 地域の労働力を駆使し、地域貢献と発展を基盤にした開発です。逆に返すと、 日本はODAに依存する海外投資に慣れすぎ、ミャンマーのような危険因子の多い国での投資を自社の オウンリスクでなかなかやろうとはしません。中国や韓国にミャンマーの投資の遅れを取っている理由はそこにあります。 特筆すべきは、ミャンマーの豊富な石油と天然ガスを狙って、なんと経済制裁を行っている 欧米のオイルカンパニーが、ヤンゴン市内にひっそりとオフィスを設け、 虎視眈々と制裁解除のタイミングを狙っているのです。
(写真C美しい自然が残るミャンマー)

まだまだ一流日本についての感慨

3月の東日本大震災とリーマンショック以降の超円高で体力を失ってしまった日本は、 国外から見ていて、非常に「内向きすぎ」ていると感じます。東南アジアの国は今でもアジアの雄としての 「一流大国日本」に期待をしていますし、日本はそれに答えなければいけません。その証左として、 東南アジアの国々はタイを筆頭に、いち早く東日本大震災の募金やチャリティイベント等を行い、 日本の復興に国民一丸で応援してくれました。タイでの義捐金は5億バーツ(約12億5千万円)を超えるといいます。

今年初旬「アラブの春」といわれた中東諸国の一連のアップライジングを取材し、 一番感じたことは、「民主主義」や「自由」というものは、本来当たり前のようにあるわけではないということです。 人々が命をかけて勝ち取ったものであるからこそ、勝利を心から喜び、自由と民主主義を讃える。 室井さん         室井さん         日本には(決して良質ではありませんが)当たり前のように自由と、民主主義が与えられています。 大半の人はあの「アラブの春」の彼らの行動にピンと来ていない、対岸の火事としか見られていないと思います。 私もそうでした。
(写真Dアラブの春・リビアの旧緑の広場にて)
私は日本を離れ1年半、それだけなのに、どこか他力本願で、 内向きな日本から脱却し、アジアおよび世界でプレゼンスを高めていってほしいと切に願うようになりました。 日本に居て生活をしていれば、日々生きることが精一杯で、なかなか味わえないような感慨でしょう。

私にとっての陸上部

 半ば強引で大げさだと思われるかもしれませんが、取材をするにあたり目の前の事象に対し冷静に見る姿勢、 緊張感を維持すること、これらは一橋陸上部で培われたものだと自負しています。卒業してまもなく8年、 いまだに思えるのは、どの緊迫した現場や事件の瞬間に立ち会おうにも、スタートブロックを目の前にしたあの緊張感にはかなわない。 常に自分が冷静でいたいとき、自分に言い聞かせることはあのスタートブロックに足をかけた瞬間に比べると、 全然たいしたことではないではないか、ということです。(実際にそうかどうかは別ですが) 職業柄、なかなか国立はおろかOB会にも参加できないでいますが、いつでも一橋陸上部を自らの心のふるさとだと思い、 どんなハードな境地のときでもかつて仲間と過ごしたグラウンドを思い返しては精神的な支えにしている自分がいます。 現役部員の競技生活の充実を心から応援しています。

(2011年10月12日受信)
** 写真は、室井さんが取材で撮影した映像を静止画として キャプチャーしたものだそうです。